昭和レトロなホーロー看板や骨董品、人気キャラクターの巨大フィギュアなどがずらりと並び、ひときわ異彩を放つ交差点が東京・板橋にある。
かつて全国で最も多く交通事故が発生し、「日本ー危険」との汚名を着せられた「熊野交差点」だ。
訪れた人からは「願いがかなった」との声もあり、ある種のパワースポットとして注目を集めている。
なぜ、そんな交差点の一角が、知る人ぞ知る「珍スポット」になったのか。そこには土地の所有者のある思いがあった。(弁護士ドットコムニュース・玉村勇樹)
⚫︎「世界で一つ」の大砲、有名企業のホーロー看板…珍品がズラリ
山手通り(都道317号)と川越街道(国道254号)。二つの幹線道路を結ぶ熊野交差点の一角には、レトロな小型トラックや有名キャラクターの巨大フィギュア、骨董品が所狭しと並んでる。
そのうちの一つ、黒々と輝く大砲に設置された看板を見てみると、「世界でただ一門、江戸時代幕末から日露戦争まで使用された」との文字が。どうやらかなり歴史的価値のある品のようだ。
その周囲を取り囲む壁には、大小さまざまなホーロー看板が取り付けられている。「キンチョール」や「ボンカレー」、「オロナミンC」といった有名企業の代表商品が中心だ。この空間だけが異様なほど、昭和レトロに包まれている。
さらにそれらは電飾で彩られ、夜になるときらびやかにあたりを照らす。その光に誘われるように通行者は足を止めてスマホを向ける。
写真を撮っていた学生に声をかけると、「反対側から見てもあまりに目立っていたので、立ち寄った。どうして置いたんだろう」と不思議そうな表情を浮かべた。
⚫︎不動産業を営む「骨董品マニア」が設営
これらを設置したのは、都内で不動産業を営む加藤正衛さん。骨董収集が趣味で、かつては池袋に「歴史発見館」という個人博物館も経営していた。コレクションは2500点にのぼるという。
設置している交差点の一角も、加藤さんが所有している土地。元々駐車場として貸し出しており、駐車場だけで月35万円ほどの収入があったという。
周囲の壁も貸し看板にしていたが、12枚あるうちの2枚しか利用されていなかったため、余ったスペースに自身がコレクションするホーロー看板を設置。これが珍スポット誕生の始まりだった。
しかし、看板の設置後、撮影目的で駐車場に訪れる人が急増。中には脚立を持ち込む人もいたという。加藤さんは「車を傷つけられ、貸している人に迷惑をかける可能性がある」と考え、2年前に駐車場を閉鎖した。
そうして空いた土地にホーロー看板だけでなく、自身のコレクションである骨董品や巨大フィギュアを持ち込んだ。すると、みるみるうちに話題になり、一目見ようと多くの人が訪れるようになったという。
見物にやって来た人が感想などを書けるようにと用意したメモ帳には「結婚できた」や「売り上げが上がった」などの報告があったという。まさに、一種のパワースポットとして知られていった。
⚫︎「お釈迦様効果」で交通事故が減少?
初めて訪れた人はつい足を止めてしまう都内屈指の「珍スポット」。しかし、加藤さんは骨董品などを置いた本当の理由を「交通安全祈願のため」と強調する。
実は、熊野交差点は全国でも有数の「危険な交差点」だ。
日本損害保険協会が毎年まとめている「全国交通事故多発交差点マップ」によると、熊野交差点は、2022年に19件の交通事故が発生している。これは同協会がまとめた中で、その年の全国ワーストの数字だった。
熊野交差点は2つの幹線道路が交わるだけでなく、その上に首都高速5号が走っている。そのため、日本損害保険協会のマップは「高速道路の支柱があり、視認の妨げになっている」と指摘している。
2022年に発生した事故のうち14件は右折時に発生したものだった。
事故が減ってほしい――。そんな加藤さんの願いを最も色濃く表したのが、中央に設置された黄金の釈迦如来像。4年前にオークションで手に入れた一品で、加藤さん曰く「信者200万人を超える宗教法人が所有していたもの。真ちゅう製で値段はとてもじゃないが言えない」のだとか。
そんな願いが通じたのか、昨年9月に発表された最新版の「全国交通事故多発交差点マップ」では、全国1位どころか、ワースト5からも熊野交差点の名前は消えた。
加藤さんもサイレンの音を聞く回数が少なくなったと感じてるという。「警察からも少なくなったと言われる。何か不思議な力が働いているのかな」。
中央に鎮座する釈迦如来像。加藤さん曰く「値段は言えない」
⚫︎「お釈迦様は24時間、交通マナーを見ている」
釈迦如来像の前には、さい銭箱を設置。寄せられた浄財は能登半島地震で被害を受けた自治体に寄付しているという。
きらびやかな光景に、つい目を奪われそうになるが、「特に運転する人はあんまり長く見ずに、ちらっとくらいで。安全に運転、横断してほしい」と加藤さんは呼びかける。
そんな今回の取材中、記者は危険な瞬間を目撃した。
珍スポットの向かいの歩道から撮影をしていたところ、赤信号にもかかわらず、横断歩道を走って渡る男性の姿が。左折する車も多かったため、一歩間違えば大事故につながりかねない。
そのことを加藤さんに伝えると、「お釈迦様は24時間、あなたの交通マナーをみていますよ」。神妙なトーンでつぶやいた。
コラ!お釈迦さまは見ているぞ!