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優しかった「お兄ちゃん」の自殺から10年、実感のない妹が「20歳」になっても忘れられない光景
2023年08月06日 09時45分

2013年秋、神奈川県相模原市立中の男子生徒(13歳)が自宅で自殺を図り、市内の病院に搬送されたが、その10日後に亡くなった。第一発見者は、当時10歳だった妹のヨウコ(仮名)。今年7月、彼女は20歳の誕生日を迎えたことで、筆者の取材に応じた。「いじめ防止対策推進法」の成立から10年の節目でもある。ヨウコは「あのころよりも、兄のことを思い出すことが増えた」と語る。(ライター・渋井哲也

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●『朝ドラ』の録画を見ていたら大きな音が鳴った

ヨウコの兄が自殺を試みたのは、2013年11月1日の夕方4時過ぎ。いったん帰宅したあと、教室に弁当箱を忘れたことに気がついて、学校まで取りに戻った。

ふたたび学校から兄が帰って来たとき、ヨウコは自宅のリビングで、NHK連続テレビ小説『ごちそうさん』の録画を見ていた。

「父の影響で『朝ドラ』を見ていました。二度目の帰宅後すぐに兄は2階に上がったので、このときは会話をしていません。しばらくすると、2階からものすごい音がしました。帰ってきたときに機嫌が悪かったので、暴れたり、かんしゃくを起こして、壁か床を叩いているのかと思って、そのときは気にも留めませんでした」

『ごちそうさん』を見終わったあと、母親と買い物に行くことになったヨウコ。兄に声をかえようと、2階に上がると、予想だにしない光景が彼女を待ち受けていた。

「買い物に行こうとなったとき、なんとなく兄のことが気になったんです。『出かけるよ』と声をかけに兄の部屋へ行きました。大きな音がしてから30分以内だったと思います。ドアを開けると…今でもその光景を覚えています。大変なことだと思ったので、母を呼びました。『お兄ちゃんが首を吊っている』って」

10歳だったヨウコにとって、あまりに衝撃的な出来事だった。気づかぬうちに、心の傷を負っていたという。

「自分としては、病んでたつもりはなかったけど…。兄が亡くなったあと、国語の授業で『ごんぎつね』の続きを考えて書いてみようというのがありました。それで、『兵十が首を吊って死んでしまう』というシーンを書いてしまったんです。さすがに学校も心配して、母に連絡したみたいです」

●当日、クラスメイトから突き飛ばされて倒れた

亡くなった兄は、ヨウコにとってどんな人物だったのだろうか。

「一緒にいる時間は、わたしが一番長かったと思います。一緒に『マリオカート』をしたことがありますね。兄は優しかったです。妹が幼稚園に行くとき、兄が送ったことがあります。妹を自転車の荷台に乗せ、兄は自転車を押して行きました。母が『妹を歩かせればいいじゃん?』と言うと、兄は『妹がかわいそう』と言っていました」

クラスメイトの目撃によると、自殺を図った当日の下校時、校舎の下駄箱付近で、兄は別のクラスメイトから突き飛ばされて倒れたという。母親は、兄の生前から、他の生徒とトラブルがあったことを認識して、学校に相談していた。

両親は、当時施行されたばかりの「いじめ防止対策推進法」に基づく調査を求めた。その調査報告書は「いじめがあった」とは認めつつも、「いじめだけが自死の原因であるとは断定できない」と結論づけている。

一方で、「学校として組織的に苦痛およびその累積に留意していれば、これに基づきさまざまな対応をとりえた」「学校が対応をおこなっていれば、生徒の苦痛を軽減し、自死を防ぐことができた可能性は否定できない」とも指摘している。

ヨウコ 兄のことを思い出しながら話すヨウコ(写真:渋井哲也)

●集中治療室の兄をガラス越しに見ていた

妹たちに優しかった兄は、学校でいじめを受けていた。しかし、ヨウコはそうした深刻な悩みを直接聞いたことはなかったという。

「学校の話題で記憶に残るようなことは話さなかったですね。でも、今から考えると、死は考えていたのかなと思うことがあります。漫画を片付けるときに、捨てるときのように紐で十字に縛り、クローゼットに閉まったんです。借りてきた漫画もあったのですが、『全巻あげる。でも、続きは自分で買ってね』と言っていました」

第一発見者となったヨウコだが、その時点では、兄が亡くなるとまでは考えていなかったそうだ。

「毎日、学校のあと病院に通いました。集中治療室に兄がいて、ガラス越しに見ていました。亡くなった時は、ちょうど学校にいました。昼を過ぎていたと思いますが、担任の先生に呼ばれました。体操服を着ていたことを覚えています。

病院に着くと、入口で母が泣いていました。兄が亡くなったと聞いても、すぐには実感しませんでした。身近な人が亡くなるという経験は、それまでしていなかったので。『このあと、どうなるんだろう』みたいな、先のことを考えることもありませんでした」

その後、両親は学校との間で交渉したり、いじめ防対法に基づく調査を求めるようになる。

「両親がいろんなことをやっているのは見ていました。一度、両親と一緒に中学校に行ったことを覚えています。校長先生と担任がいましたが、私たち子どもは、先生たちから直接話を聞いていません。別の部屋で、妹とお菓子を食べていました。『なんでこうなってしまったんだろう』と思っていました。

調査委員会については、母親から聞いたので、いじめがあったのはわかっていました。ただ、小学校のときは何も考えていなかったと思います。特に考えないようにしていたわけでもないです。『遺族』という意識は、今でもないんです」

●兄を見つけた部屋の光景は忘れられない

ヨウコは小学5年のときに家族と引っ越すことになった。

「最初は、兄がいじめを受けた中学校には、なんとなく行きたくなかったんです。だから私立へ行こうと思い、受験勉強をはじめました。このときが人生で一番勉強したかもしれません。でも、引っ越しが決まって、勉強しなくなりました。中学2年のときも引っ越したんですが、このころの人間関係が一番大変でした。学級崩壊しかけていた感じです。そのころも、兄のことをそんなに考えていませんでした」

こう振り返るヨウコだが、小学5年のころから、母親に付いて、自殺や病気・事故で子どもを亡くした遺族の会合に行くようになっていた。

「母が『行く?』と聞くので、付いて行きました。親たちは話をしていましたが、私たち子どもは別の部屋で遊んでいました。自死遺族の自助グループにも行きました。人に会いに行っている感じ、遊びに行っている感じです。話を聞くのは好きです。話を聞いて、兄のことを思い出したりしていました」

高校になると、それまでよりも兄のことを思い出す機会が増えたという。

「兄を見つけたときの部屋の光景は今でも忘れられません。それと、葬儀のときのことも思い出したりします。名前を叫んでいた人がいました。思い出す回数が増えましたね。一人になると思い出します。泣きそうになることもあります。

自分は成長したけれど、事件から10年経ったんだなという実感も、すごく変わったという実感もありません。病んだりもしませんでした。ただ、あのときにすぐ2階に上がっていれば、兄は助かったのかもしれないと思うことがあります」

●声優を好きになったことで楽しく生きてこられた

きょうだいが自殺した遺族の話はこれまでも取材してきた。そのときの年齢や、同居をしていたかどうかでも、その後の親との関係性が変わっていく。ヨウコは、兄が亡くなったときは小学生だった。しかし、兄の死の話題から、両親は彼女を遠ざけなかった。

しかも、ヨウコは遺族の会合に参加していた。筆者と出会ったのもそんなときだった。すぐに引っ越したことで、周囲から嫌なことを言われずに済んだこともあったことだろうが、信頼できる大人たちに出会えたことも、大きなトラウマにならなかった一因のような気がする。

「普通に楽しく生きてこられたのは、音楽関係の専門学校に通うきっかけにもなった声優を好きになったことだと思います」。ヨウコはそう静かに話した。家族は大切だという。

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