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裁判官の「訴訟指揮」に不満がある場合、原告・被告は裁判官を「拒否」できるか?
2013年07月23日 12時24分

「黙りなさい」。裁判長は、抗議の声をあげる傍聴席に向かって、こう静止した。だが、傍聴席の声はおさまらず、「『黙れ』という発言を撤回しろ」などと騒然となった。口頭弁論の途中だったが、裁判長は「もうしょうがない。閉廷する」と宣言し、法廷から立ち去った――。

東京新聞が伝えた法廷での異例の騒動。これが起きたのは、7月11日の水戸地裁。茨城県の東海第2原発の運転差し止めを周辺住民たちが求めた裁判の最中だった。原告側は、福島の原発事故で起きた農業被害の実態を示したいと意見陳述を求めたが、裁判長は却下。すると原告席の原告だけではなく、入りきれず傍聴席にいた原告らも「異議あり」と大声で言い始めたのだという。「黙りなさい」というのは、それを止めようとする裁判長の言葉だった。

裁判長には訴訟指揮権があり、その権限は絶対的なものとされる。だが、もし仮に、一方をひいきするなど、偏った訴訟指揮を行う裁判長がいた場合、当事者は大きな不利益を受けることになる。そんな裁判官はゴメンだといって、原告や被告は拒否することができるのだろうか。また、不適切な訴訟指揮をした裁判官に対する懲戒処分はあるのだろうか。裁判官の経験をもつ田沢剛弁護士に聞いた。

●裁判官を拒否できる制度が「ないわけではない」

「民事訴訟法24条1項は、『裁判官について裁判の公正を妨げるべき事情があるときは、当事者は、その裁判官を忌避することができる』と定めています。裁判官の『忌避』ですね。忌避というのは、手続の公正さを失わせる恐れのある裁判官を、その手続に関する職務執行から排除することです」

と田沢弁護士は解説する。つまり、一定の事情があれば、特定の裁判官を拒否できるのだ。では、ここでいう「裁判の公正を妨げるべき事情」というのはどういうことなのだろうか?

「通常人が判断して、裁判官と事件との関係からみて、偏った不公正な裁判がなされそうだとの懸念を当事者に起こさせるような『客観的事情』をいいます」

ただ単に裁判官の訴訟指揮に不満があるとか、自分の主張が取り上げられそうもないというのは『主観的事情』であって、これには当てはまらないという。

原告や被告は、裁判長の訴訟指揮に不満があったとしても、その裁判官の審理を拒否するなどということは、基本的にはできない。ただ、例外がないわけではない。

「裁判長の不公平な訴訟指揮から、裁判官と事件との間に何らかの『客観的』な関係があると推測されるような場合は、忌避事由とはなりうると思います」

●偏った訴訟指揮を争う方法は「上訴」しかない

裁判官の訴訟指揮に不満があるときは、どうやって争えばいいのか?

「訴訟指揮に対して不服がある場合、裁判中に『異議申立て』をして再考を促すことはもちろんできます。ですが、異議申立てを却下されてしまった場合には、その却下決定に対し、本来の裁判から独立して不服の申立てをする制度はありません。

裁判官の訴訟指揮に不服がある場合には、その裁判でなされた判決に対して、控訴や上告をすることによって上級審の判断を仰ぐしか争う方法はありません」

異議の却下を「抗告」などで争うことはできず、控訴や上告といった「上訴」をすることしかできない仕組みになっているという。

●不適切な訴訟指揮は裁判官に対する懲戒理由ともならない

それでは、適切ではない訴訟指揮を行う裁判官がいた場合、原告や被告は最高裁や裁判所長などに対してその裁判官の懲戒処分を請求することはできないのか?

「裁判官に対する懲戒は、『職務上の義務に違反し、若しくは職務を怠り、又は品位を辱める行状があったとき』に行われます(裁判所法第49条)。しかし、憲法76条3項で『裁判官の職権行使の独立』を保障しているため、『不適切な訴訟指揮をした』ことを理由に、当該裁判官に対し懲戒処分を行うことも『裁判官の職権行使の独立』を侵害することになり、許されません」

「不適切な訴訟指揮」を争う手段はほとんどないようだ。だが、裁判所も「組織」の常として、人事評価というものはあるようだ。

「不適切な訴訟指揮をしたことが、裁判所内部における当該裁判官に対する人事評価に影響を与えることはありえますね。司法行政における監督権は、『裁判官の裁判権に影響を及ぼし、又はこれを制限することはできない』(裁判所法第81条)と表向きには、限定されていますが、そういう裁判官が人事異動などで不利益な扱いを受けることは、当然にありえる話です」

やはり、裁判官の訴訟指揮権は非常に強力な権限で、他の者が口を出すのは難しいようだ。憲法で保障された「裁判官の職権行使の独立」を守るためには、それもやむを得ないのだろう。だが、他から干渉されない権限を与えられている以上、裁判官には、それにふさわしい公平で公正な訴訟指揮を行ってもらいたいものである。

(弁護士ドットコムニュース)

「黙りなさい」。裁判長は、抗議の声をあげる傍聴席に向かって、こう静止した。だが、傍聴席の声はおさまらず、「『黙れ』という発言を撤回しろ」などと騒然となった。口頭弁論の途中だったが、裁判長は「もうしょうがない。閉廷する」と宣言し、法廷から立ち去った――。

東京新聞が伝えた法廷での異例の騒動。これが起きたのは、7月11日の水戸地裁。茨城県の東海第2原発の運転差し止めを周辺住民たちが求めた裁判の最中だった。原告側は、福島の原発事故で起きた農業被害の実態を示したいと意見陳述を求めたが、裁判長は却下。すると原告席の原告だけではなく、入りきれず傍聴席にいた原告らも「異議あり」と大声で言い始めたのだという。「黙りなさい」というのは、それを止めようとする裁判長の言葉だった。

裁判長には訴訟指揮権があり、その権限は絶対的なものとされる。だが、もし仮に、一方をひいきするなど、偏った訴訟指揮を行う裁判長がいた場合、当事者は大きな不利益を受けることになる。そんな裁判官はゴメンだといって、原告や被告は拒否することができるのだろうか。また、不適切な訴訟指揮をした裁判官に対する懲戒処分はあるのだろうか。裁判官の経験をもつ田沢剛弁護士に聞いた。

●裁判官を拒否できる制度が「ないわけではない」

「民事訴訟法24条1項は、『裁判官について裁判の公正を妨げるべき事情があるときは、当事者は、その裁判官を忌避することができる』と定めています。裁判官の『忌避』ですね。忌避というのは、手続の公正さを失わせる恐れのある裁判官を、その手続に関する職務執行から排除することです」

と田沢弁護士は解説する。つまり、一定の事情があれば、特定の裁判官を拒否できるのだ。では、ここでいう「裁判の公正を妨げるべき事情」というのはどういうことなのだろうか?

「通常人が判断して、裁判官と事件との関係からみて、偏った不公正な裁判がなされそうだとの懸念を当事者に起こさせるような『客観的事情』をいいます」

ただ単に裁判官の訴訟指揮に不満があるとか、自分の主張が取り上げられそうもないというのは『主観的事情』であって、これには当てはまらないという。

原告や被告は、裁判長の訴訟指揮に不満があったとしても、その裁判官の審理を拒否するなどということは、基本的にはできない。ただ、例外がないわけではない。

「裁判長の不公平な訴訟指揮から、裁判官と事件との間に何らかの『客観的』な関係があると推測されるような場合は、忌避事由とはなりうると思います」

●偏った訴訟指揮を争う方法は「上訴」しかない

裁判官の訴訟指揮に不満があるときは、どうやって争えばいいのか?

「訴訟指揮に対して不服がある場合、裁判中に『異議申立て』をして再考を促すことはもちろんできます。ですが、異議申立てを却下されてしまった場合には、その却下決定に対し、本来の裁判から独立して不服の申立てをする制度はありません。

裁判官の訴訟指揮に不服がある場合には、その裁判でなされた判決に対して、控訴や上告をすることによって上級審の判断を仰ぐしか争う方法はありません」

異議の却下を「抗告」などで争うことはできず、控訴や上告といった「上訴」をすることしかできない仕組みになっているという。

●不適切な訴訟指揮は裁判官に対する懲戒理由ともならない

それでは、適切ではない訴訟指揮を行う裁判官がいた場合、原告や被告は最高裁や裁判所長などに対してその裁判官の懲戒処分を請求することはできないのか?

「裁判官に対する懲戒は、『職務上の義務に違反し、若しくは職務を怠り、又は品位を辱める行状があったとき』に行われます(裁判所法第49条)。しかし、憲法76条3項で『裁判官の職権行使の独立』を保障しているため、『不適切な訴訟指揮をした』ことを理由に、当該裁判官に対し懲戒処分を行うことも『裁判官の職権行使の独立』を侵害することになり、許されません」

「不適切な訴訟指揮」を争う手段はほとんどないようだ。だが、裁判所も「組織」の常として、人事評価というものはあるようだ。

「不適切な訴訟指揮をしたことが、裁判所内部における当該裁判官に対する人事評価に影響を与えることはありえますね。司法行政における監督権は、『裁判官の裁判権に影響を及ぼし、又はこれを制限することはできない』(裁判所法第81条)と表向きには、限定されていますが、そういう裁判官が人事異動などで不利益な扱いを受けることは、当然にありえる話です」

やはり、裁判官の訴訟指揮権は非常に強力な権限で、他の者が口を出すのは難しいようだ。憲法で保障された「裁判官の職権行使の独立」を守るためには、それもやむを得ないのだろう。だが、他から干渉されない権限を与えられている以上、裁判官には、それにふさわしい公平で公正な訴訟指揮を行ってもらいたいものである。

(弁護士ドットコムニュース)

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