プロ野球、巨人の坂本勇人選手が東京国税局の税務調査を受け、2022年までの3年間で約2億4000万円の申告漏れを指摘されたとして、大きな話題になっている。
テレビ朝日によると、坂本選手は、自主トレの費用や友人らとの飲食費などを業務上の必要経費として申告していたという。
過少申告加算税を含む追徴税額は約1億円で、すでに修正申告したとされる。同僚との飲食費だったという報道もある(産経新聞)。
また、朝日新聞によると、料亭やクラブでの食事代もあったという。坂本選手の推定年棒は約5億円とされ、料亭などで食事する機会があっても不思議ではなさそうだ。
友人や同僚との食事代などは必要経費として申告できないのだろうか。税実務にくわしい高橋康夫弁護士は、過去には「クラブの飲食費」をめぐって重加算税が課されたケースもあると警鐘を鳴らす。
●飲食や自主トレ…「必要経費」として認めてもらう要件
——飲食費や自主トレの費用などが「必要経費」として認められるかどうかは、どのように判断されますか。
ある支出が必要経費として認められるためには、2つの要件を満たす必要があると理解されています。
(1)事業活動と直接の関連性を有し、事業の遂行上必要な費用でなければならない
(2)必要性の認定は関係者の主観的判断を基準としてではなく、客観的基準に即してなされなければならない
必要経費として認められるかどうかについては、提出された資料などをもとに判断して、支出が必要経費に算入できないことが事実上推認できる場合には、必要経費であるという立証責任を納税者が負うとされています。
●仕事の付き合い飲食は「情報収集」につながるけれど・・・
——友人との飲食費は必要経費として認められにくいのでしょうか。
飲食費については、仮に飲食をすることで仕事に必要な情報収集できる側面があるとしても、そのような情報は「飲食をしなければ収集できないものではない」として、必要性と関連性を否定される可能性があります。
友人や同僚との飲食費は、取引先との飲食費と比較すると、業務との関連性が低いと言わざるを得ませんし、特に、飲食費が高額であることは、必要性と関連性を否定する方向へ働く事情の一つとなります。単なる家事費(消費生活上の費用)と考えられてしまうということです。
一つの支出が家事上と業務上の両方に関わりがある費用、いわゆる「家事関連費」は、業務遂行上、直接必要だった部分を明らかに区分できる場合には、その区分できる金額を経費とできます。
しかし、仮に、友人や同僚との飲食費が「家事関連費」にあたるとしても、仕事に必要な会話をしている部分と、私的な会話を行っている時間などの家事費の部分とを明確に区別することは極めて困難です。結局、飲食費の一部を経費とすることも難しいということになります。
●自主トレは「仕事」と「プライベート」に分けにくい
——報道によると、自主トレは、野球選手の業務に関連しないと判断されたようです。巨人側はメディアの取材に「従来認められていた自主トレなどの費用も含め否認されました」と答えています。どのような判断がされたと考えられるでしょうか。
記事からは詳細は不明ですが、おそらく税務署は従来、坂本選手が申告した経費のうち、自主トレの費用の部分が経費に該当するか否かについて、厳密な検討をしていなかったのではないでしょうか。
自主トレの費用は、家事費の性質を持っていることは否定できません。国税不服審判所の裁決も、プロスポーツ選手の健康管理費を家事費としての性質を有していると判断しています。
仮に、自主トレの費用が家事関連費であるとしても、仕事に必要な部分とプライベートな消費の部分とを明確に区分することは困難で、結局、自主トレの費用の一部を経費とすることも容易ではないということになります。
自主トレの費用の金額は不明ですが、金額が高額であれば、それもマイナスに働いた可能性があります。
●課税要件事実を隠ぺい→重加算税が課せられる
——報道によると、坂本選手は重加算税までは課されることはなかったようですが、飲食費が経費として認められないばかりか、重加算税を課されてしまうこともあるのでしょうか。
重加算税制度は、課税要件事実を隠ぺいし、または仮装するという不正な手段を用いた場合に、過少申告加算税(確定申告で所得や税額を過少に申告した場合に課される税金)などよりも重い制裁を課するという制度です。
申告書の提出そのものとは別個の何らかの「隠ぺい、仮装」行為があり、申告書の提出がこれに「基づく」ものであることが必要と解されています。
ただし、裁判所は、証拠書類の破棄や、架空契約書の作成といった類いの積極的な行為がなくても、「納税者が、当初から所得を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をしたような場合」には、重加算税を課すことができると考えており、具体的にどのような場合であるかは、事案ごとに諸般の事情を総合考慮して判断しています。
——実際に飲食費をめぐって重加算税が課された事例は過去にありましたか。
近時、社長が、ひいきにしていたホステスのいるクラブで1人で飲んで、店の利用代金を会社の交際費として申告したというケースについて、この経費は「個人的な飲食費」であるとして、会社の経費として認めないだけでなく、重加算税を課した税務署の処分を認容した裁判例があります。
この裁判例は、(社長個人ではなく)会社を名宛人とする領収書に基づいて、クラブの利用代金を交際費に計上した総勘定元帳を作成することにより、交際費と仮装して、法人税の確定申告書を提出したとして、重加算税の成立を認めています。
このような考え方によると、社長が1人で飲んで代金を会社の交際費として申告した場合だけでなく、個人事業主が、業務と関連のない飲食費を経費として申告した場合など、多くのケースで、重加算税を課すことが認められてしまうのではないか、という疑問があります。
しかし、重加算税を課されてしまうと、過少申告の場合、増差税額(本来納めるべきであった税金-当初に申告した税金)の35%を支払わなければなりません。多額の飲食費を経費として計上している人は、このような裁判例(隠ぺい仮装の範囲を拡大し、重加算税の成立を積極的に認める裁判例)もあることに留意したほうがよいと思います。