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中国から飛んできた「大気汚染物質」で健康被害、中国に賠償請求できるか?
2013年02月05日 19時45分

中国の大気汚染が日本にも影響を及ぼす可能性があることについて、国内で不安が広がっている。中国の都市部では、排ガスなどに含まれる微小粒子状物質「PM2.5」による大気汚染が深刻化しており、北京市内では有害物質を含む濃い霧が立ち込める状況が続いている。その大気汚染物質が偏西風に乗って、日本に飛来しはじめている可能性があるというのだ。

今のところ中国から飛来した物質の影響とは断定できないが、福岡市など一部地域では、通常より高い濃度のPM2.5が観測されたとの報道もある。PM2.5とは、直径が2.5マイクロメール(=0.0025ミリメートル)にも満たない超微粒子のこと。非常に小さいために人間の呼吸器の奥深くまで入り込みやすく、気管支ぜんそくや肺がんなど呼吸器系の病気への影響が心配されている。

そこで、もし中国から飛来した大気汚染物質によって日本で健康被害が出た場合、中国の企業や政府に損害賠償を求めることはできるのだろうか。中国法に詳しい森川伸吾弁護士に話を聞いた。

●中国の裁判所「人民法院」に訴訟を起こしたら、どうなるか?

「ここでは、『人民法院』と呼ばれる中国の裁判所に訴訟を起こし、中国法にもとづいて損害賠償を求めるという想定でお答えしたいと思います」と述べながら、森川弁護士は次のように3つのパターンに分けて、想定される裁判の行方について解説した。

森川弁護士によれば、「賠償請求の相手としては、『排出者』、『自動車メーカー』、『中国政府』の3通りが考えられそうです」という。まず、汚染物質を排出した個々の企業や個人である「排出者」についてはどうだろうか。

「排出者に対する賠償請求は、不法行為責任の追及という形をとります(権利侵害責任法6条)。本件のような環境汚染のケースについては、被害者の挙証責任の負担は軽減されていますが(同法66条)、それでも、排出者と排出行為を個別に被害者が立証する必要があります。また、中国の排ガス基準に合致した行為であれば、そもそも賠償は認められないと思われます」

では、「自動車メーカー」を相手にした場合はどうなのだろう。

「自動車に『欠陥』があり、それにより健康被害が発生したということであれば、(中国で走っている車を製造した)自動車メーカーに対して製造物責任として損害賠償を請求することが考えられます(製品品質法43条、権利侵害責任法43条)。しかしこの場合も、自動車が中国の基準にさえ合致していれば、『欠陥なし』と扱われると思われます(製品品質法46条)」

●中国政府に対して損害賠償を請求しても、勝訴の可能性は薄い?

「排出者」も「自動車メーカー」も厳しいとなると、「中国政府」を相手取って、訴訟を起こすのはどうか。

「中国政府に対する損害賠償請求については、『中国政府による排ガス基準等の設定が不合理で違法なものであった』という理屈にもとづく必要がありそうです。しかし、仮にそのような理屈を認めれば、中国の数億の人民にも同様の損害賠償を認める必要が生じてしまうことから、中国の裁判所がそのような理屈を採用することはないと思われます」

このように説明したうえで、森川弁護士は「残念ながら、いずれの相手との関係でも、損害賠償は認められないと思われます」と悲観的な見通しを示した。

もし中国から飛来した大気汚染物質によって被害が生じたとしても、その損害賠償が認められないとなれば、被害者はやるせないだろう。いったん日本政府が被害者を救済する措置を取ったうえで、外交ルートを通じて、中国政府に補償を求めていくことになるのかもしれない。

(弁護士ドットコムニュース)

中国の大気汚染が日本にも影響を及ぼす可能性があることについて、国内で不安が広がっている。中国の都市部では、排ガスなどに含まれる微小粒子状物質「PM2.5」による大気汚染が深刻化しており、北京市内では有害物質を含む濃い霧が立ち込める状況が続いている。その大気汚染物質が偏西風に乗って、日本に飛来しはじめている可能性があるというのだ。

今のところ中国から飛来した物質の影響とは断定できないが、福岡市など一部地域では、通常より高い濃度のPM2.5が観測されたとの報道もある。PM2.5とは、直径が2.5マイクロメール(=0.0025ミリメートル)にも満たない超微粒子のこと。非常に小さいために人間の呼吸器の奥深くまで入り込みやすく、気管支ぜんそくや肺がんなど呼吸器系の病気への影響が心配されている。

そこで、もし中国から飛来した大気汚染物質によって日本で健康被害が出た場合、中国の企業や政府に損害賠償を求めることはできるのだろうか。中国法に詳しい森川伸吾弁護士に話を聞いた。

●中国の裁判所「人民法院」に訴訟を起こしたら、どうなるか?

「ここでは、『人民法院』と呼ばれる中国の裁判所に訴訟を起こし、中国法にもとづいて損害賠償を求めるという想定でお答えしたいと思います」と述べながら、森川弁護士は次のように3つのパターンに分けて、想定される裁判の行方について解説した。

森川弁護士によれば、「賠償請求の相手としては、『排出者』、『自動車メーカー』、『中国政府』の3通りが考えられそうです」という。まず、汚染物質を排出した個々の企業や個人である「排出者」についてはどうだろうか。

「排出者に対する賠償請求は、不法行為責任の追及という形をとります(権利侵害責任法6条)。本件のような環境汚染のケースについては、被害者の挙証責任の負担は軽減されていますが(同法66条)、それでも、排出者と排出行為を個別に被害者が立証する必要があります。また、中国の排ガス基準に合致した行為であれば、そもそも賠償は認められないと思われます」

では、「自動車メーカー」を相手にした場合はどうなのだろう。

「自動車に『欠陥』があり、それにより健康被害が発生したということであれば、(中国で走っている車を製造した)自動車メーカーに対して製造物責任として損害賠償を請求することが考えられます(製品品質法43条、権利侵害責任法43条)。しかしこの場合も、自動車が中国の基準にさえ合致していれば、『欠陥なし』と扱われると思われます(製品品質法46条)」

●中国政府に対して損害賠償を請求しても、勝訴の可能性は薄い?

「排出者」も「自動車メーカー」も厳しいとなると、「中国政府」を相手取って、訴訟を起こすのはどうか。

「中国政府に対する損害賠償請求については、『中国政府による排ガス基準等の設定が不合理で違法なものであった』という理屈にもとづく必要がありそうです。しかし、仮にそのような理屈を認めれば、中国の数億の人民にも同様の損害賠償を認める必要が生じてしまうことから、中国の裁判所がそのような理屈を採用することはないと思われます」

このように説明したうえで、森川弁護士は「残念ながら、いずれの相手との関係でも、損害賠償は認められないと思われます」と悲観的な見通しを示した。

もし中国から飛来した大気汚染物質によって被害が生じたとしても、その損害賠償が認められないとなれば、被害者はやるせないだろう。いったん日本政府が被害者を救済する措置を取ったうえで、外交ルートを通じて、中国政府に補償を求めていくことになるのかもしれない。

(弁護士ドットコムニュース)

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