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レイシストになる自由はあるか?社会学者・明戸隆浩氏が語る「ヘイトスピーチ規制論」
2014年06月14日 10時55分

『ヘイトスピーチ 表現の自由はどこまで認められるか』(エリック・ブライシュ著)という本が日本語に翻訳され、2月に明石書店より出版された。本の原題は「The Freedom to be Racist?」で、直訳すると「人種差別主義者になる自由?」という意味になる。人種差別的な言論を、アメリカ、イギリス、ドイツなどの欧米各国がどう取り扱ってきたかを解説した本だ。

なぜいま、この本を翻訳したのか。翻訳者の一人で、関東学院大学などの非常勤講師を務める、社会学者の明戸隆浩さんに聞いた。(取材・構成/松岡瑛理)

『ヘイトスピーチ 表現の自由はどこまで認められるか』(エリック・ブライシュ著)という本が日本語に翻訳され、2月に明石書店より出版された。本の原題は「The Freedom to be Racist?」で、直訳すると「人種差別主義者になる自由?」という意味になる。人種差別的な言論を、アメリカ、イギリス、ドイツなどの欧米各国がどう取り扱ってきたかを解説した本だ。

なぜいま、この本を翻訳したのか。翻訳者の一人で、関東学院大学などの非常勤講師を務める、社会学者の明戸隆浩さんに聞いた。(取材・構成/松岡瑛理)

●「ヘイトスピーチ」と「差別」はどう違うのか?

――最近、「ヘイトスピーチ」という言葉をよく聞きますが、どういう意味なのでしょうか。

日本語では「憎悪表現」と翻訳されることが多いですね。しかし、憎悪といっても単なる悪口ではなくて、民族や人種、性別など、変更することが難しい属性に対する憎悪表現というところがポイントです。そうした言葉で社会を煽動して、暴動を起こさせるというのが、ヘイトスピーチの核心部分です。

――なぜ、「差別」という表現でなく、「ヘイトスピーチ」という耳慣れない言葉を使うのですか?

差別という言葉は定着している一方で、「昔のこと」と思われている節があります。大学の講義で感想を聞くと「いまの日本には、もう差別はないと思う」といった反応が返ってきます。ここ数年、「ヘイトスピーチ」という新たな言葉が使われだしたことで、注意喚起の効果は明らかにありました。

――今回、翻訳した本の特徴は?

現状の欧米の法制度に関して、全体の見取り図がわかる本です。欧米主要国の「ヘイトスピーチ」規制のあり方について、バランスよく紹介している点が特徴です。主な内容はヘイトスピーチ規制、ヘイトクライムの禁止、人種差別の禁止についてで、アメリカの公民権法のように歴史的な流れも全部含まれています。

著者のスタンスとしては、規制と表現の自由とのバランスをとる、という視点で書かれています。著者のブライシュは、もともと英仏の比較研究を専門としているアメリカ人の政治学者です。この本ではそのイギリス・フランス・アメリカに加えて、ドイツの事例も取り扱われています。

ヨーロッパは、ホロコースト(ナチスドイツによる大量虐殺)があったこともあり、ヘイトスピーチ規制に積極的です。一方、アメリカは、「表現の自由」を重視して、規制は行わないという立場です。かなり対照的なんですね。ただ、詳しく見ていくと、そう単純ではない。

●ヨーロッパと日本は「歴史的な文脈」が違う

――なぜヨーロッパが規制に積極的で、アメリカが消極的なのですか?

ヨーロッパが積極的な要因は、やっぱりナチスですね。その中でも象徴としての「ホロコースト」があったことでしょう。それに加えて、1960年代ごろから出てきた移民問題。その2点が大きいですね。

一方、アメリカが今の流れになったのは、実は公民権運動以降です。運動を押さえ込みたい南部の州政府に対して、司法が公民権運動の側に有利な判決を出していった。そのときに根拠になったのが「表現の自由」だった。それが経験的には大きくて、表現の自由を押さえ込むと、マイノリティの利益を損ねることになるという意識が、ものすごく強いのです。

――なぜ、いま、この本を翻訳したのですか?

2013年の2月以降、日本でも、排外主義的なデモが大きな社会問題として捉えられるようになりました。そういったデモに対抗する「カウンター」の動きも出てきた。ヘイトスピーチの法規制についても、メディアや国会議員の間で語られるようになりました。

司法の側にも動きがありました。京都の朝鮮学校で行われた街宣活動に対して、賠償と学校周辺での街宣活動の禁止を命じる判決を、2013年10月に京都地裁が出しました。

僕自身も、2013年2月に新大久保のデモとカウンターの様子を見て、「いま、自分が果たすべき役割は何だろうか」とあらためて考えていた。そんな文脈の中で、この本を翻訳しようと思ったんです。

――日本で「ヘイトスピーチ」が法規制されていないのは、なぜなのでしょう?

歴史的な話でいうと、第二次世界大戦の反省ですね。ドイツはホロコーストを繰り返さないために「ナチスにつながるような煽動はダメだ」という話になった。一方、日本は、戦前に「表現の自由」を上から抑圧した結果、戦争に突入してしまったという考え方が強い。

リベラルな人たちや憲法学者らは、基本的にそういう観点から、「表現の自由」を規制することに反対しているわけですね。戦争の経験という意味ではドイツと同じですが、結果として向いている方向は逆になったということだと思います。

●ヘイトスピーチにどう対応したらいいのか?

――この本を翻訳した狙いはどこにあったのですか?

レイシズムやヘイトスピーチといった問題に対して、どういう対応がありうるのかを多くの人が考えた方が良いと思ったからです。法規制以外にも、幅広いやり方があります。いわゆる「ヘイトスピーチ規制」は、法制度を使った対応のなかの、1つの選択肢に過ぎません。

法規制にもさまざまなバリエーションがあって、たとえば、いま議員立法で進められているような、「人種差別禁止法」といった形で、理念的に人種差別を禁止する法律をつくるというのも一つの手だと思います。理念的な法律に基づいて各地に条例ができて、人種差別的なデモが公共施設を利用しにくくなる、そのような動きにつながるかもしれません。

法律を作ることがゴールではありません。僕が訳者の一人としてこの本から読み取ってほしいのは、「いくら法律を作っても、社会全体の認識・意識がその支えになっていないと、うまく運用できない」ということです。ヘイトスピーチやレイシズムは、一般の人たちがみんなで考えていかないと、決してよくならない問題ですから。

(弁護士ドットコムニュース)

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