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旅館業法改正で「カスハラ客」の拒否が可能に 「お客様は神様」脱却チャンス、現場は歓迎
2023年08月05日 08時36分
#カスタマーハラスメント

ホテル・旅館業界は日本の「おもてなし文化」の象徴とされてきた。このため「お客様は神様」という考えが根強く、悪質な客に対して法的措置をとる動きも鈍かった。

6月5日に成立した改正旅館業法は、こうした業界に変化をもたらすきっかけになるかもしれない。宿泊拒否を原則禁止する旅館業法で、例外として客が理不尽な要求をする「カスタマーハラスメント(カスハラ)」を行った場合は、宿泊を断れるようになるからだ。

どんなカスハラが宿泊拒否の対象になるのか具体的な中身は今後決まる。法改正に求めることをホテル関係者や、ホテル・旅館業界の法律問題に取り組む弁護士に聞いた。(ライター・田中瑠衣子)

ホテル・旅館業界は日本の「おもてなし文化」の象徴とされてきた。このため「お客様は神様」という考えが根強く、悪質な客に対して法的措置をとる動きも鈍かった。

6月5日に成立した改正旅館業法は、こうした業界に変化をもたらすきっかけになるかもしれない。宿泊拒否を原則禁止する旅館業法で、例外として客が理不尽な要求をする「カスタマーハラスメント(カスハラ)」を行った場合は、宿泊を断れるようになるからだ。

どんなカスハラが宿泊拒否の対象になるのか具体的な中身は今後決まる。法改正に求めることをホテル関係者や、ホテル・旅館業界の法律問題に取り組む弁護士に聞いた。(ライター・田中瑠衣子)

●「原則として宿泊拒否禁止」がネックになってきた

旅館業法第5条は、ホテルや旅館は「原則として宿泊拒否できない」と定めている。旅館業法の施行は1948年。厚生労働省の担当者は条文の背景を「戦後の混乱期に、宿泊を拒否されて行き倒れや野宿を防止する観点からできた」と説明する。

法改正のきっかけはコロナ禍だ。正当な理由がなくマスク着用の拒否や、感染対策に応じない客に対し、宿泊を断ることができるようにホテル・旅館業界が国に要望した。しかし、日本弁護士連合会やハンセン病の元患者団体が「感染症患者への差別や偏見を助長する懸念がある」などと反対した。

最終的にはカスハラ対策として「宿泊しようとする人が営業者に対し、過剰な負担を強いる要求をしたり、他の宿泊者へのサービスを阻害する恐れがある要求を繰り返したりした場合は、宿泊を断ることができる」と定めた。

●あるホテルの副支配人「法律の整備は人手不足解消にもつながる」

ホテル・旅館業界で働く人は今回の改正をどう見るのか。北日本にあるホテルの副支配人の女性は、これまでさまざまな悪質クレームに対応してきた。

深夜に宿泊客から「浴室が臭う」と連絡があり、謝罪して別の部屋に案内した後も長時間怒鳴られ続けた時は、他の人の迷惑になると判断し、警察を呼んだことがある。

暴言などの悪質クレームを繰り返すと、法的には業務妨害などの不法行為に当たる可能性があり、損害賠償請求ができる。ただ、大半の悪質クレームが、法的に問題があるのか現場では判断が難しいという。「浴室に髪の毛が数本落ちていたと1時間近く叱責されたことがあります。この時はお客様の怒りが収まるのを待ちました」と振り返る。過去にはロビーで土下座を強要されたスタッフもいた。

副支配人の女性は「今回改正される旅館業法で細かい規則をつくることは難しいのかもしれません。ただ、どんな行為が悪質クレームに当たるのか、どのぐらい繰り返したらアウトなのかはっきりすれば、現場の判断が楽になると思います」と話す。

女性はまた、法整備はホテル・旅館業界の働きやすさにもつながると期待する。業界全体が深刻な人手不足で、女性が務めるホテルも求人を出しても人が集まらずに、女性がフロントでの対応、客室の清掃、企画・営業をこなしている。「若い人に敬遠される理由の一つにはクレームへの対応もあると思います。労働環境が改善され、業界の人手不足解消につながってほしいです」

●「『お客様はお客様』という意識が法律にも反映された」

もともと「お客様は神様」という考えが、誤用により一部に広まってしまっていたホテル・旅館業界は、迷惑客に対しても法的措置をとる動きが鈍かった。これに「原則として宿泊拒否禁止」の旅館業法が拍車をかけていた。

ホテル・旅館の法律問題に取り組む佐山洸二郎弁護士は「どんな場合に宿泊拒否していいのかというルールが不明確な状態が、ホテルや旅館経営者の悩みの種でした」と説明する。館内で騒ぐなどの迷惑行為や悪質クレームを受けたとしても追い出したり、出入り禁止にしたりすると旅館が旅館業法違反に問われる可能性があった。

佐山弁護士によると、旅館業法は裁判まで発展するケースは少なく、裁判例が少ないことも「宿泊拒否禁止の例外」を判断しにくい一因という。

今回の法改正については「『お客様は神様』という考えが一部に広まってしまっていた業界ですが『お客様はお客様』という意識の変化が、法律にも反映されようとしていると感じます」と評価する。

佐山弁護士が受ける迷惑客に関する相談では、宿泊客から長時間怒鳴りつけられたり、暴言をはかれたり、特定のスタッフのサービスを要求するといったケースが中心だ。「今後、厚労省令で具体的な中身が決まれば、法律がカスハラの抑止力になることが期待できます」と話す。

今回の改正法を巡っては、障害者団体から、宿泊施設の主観で社会的弱者が宿泊拒否されてしまわないかといった懸念の声も上がっている。厚労省は今後、旅館関係者や障害者団体などでつくる有識者会議を開き、省令を決める。改正旅館業法は年内に施行される。

悪質クレーマーに悩まされてきた宿泊業界が深く関係する法律に、カスハラ対策が盛り込まれるのは画期的だ。新型コロナウイルスが5類に移行し、観光地には観光客が戻ってきている。インバウンドも回復する中で、どんなルールができるかが注目される。

●情報募集中

旅館やホテルなどにおけるカスハラ被害の体験談を募集しています。ぜひお寄せください。

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